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Silent Night
きりきりと肌を締め付けるような寒さに友雅は自分の両腕を抱いた。 京の冬は冷える。 生まれてから数えるほどしか京を出ていない友雅でさえ、毎年閉口する寒さだ。 それが夜ならなおさらだ。 (我が姫君は凍えていないといいが・・・) これから向かう先の部屋の主を想って友雅は微かに口元を緩ませ薄闇に包まれた廊下を足早に進んだ。
春に現れた少女は『龍神の神子』と呼ばれていた。 とりたてて美人というわけではない、弾けるような元気な少女。 幾多の美女と浮き名を流した自分には幼すぎると思ったのは事実。
・・・しかし彼女の強さに、優しさに気がついて、いつの間にか目を引かれるようになった。 保護者を気取って迎えに行ってみたり、怒った顔が見たくてからかってみたり・・・
気がついたときには夢中になっていた。
心のすべてが、今まで自分のためにしか使ったことのなかった感性や感情のすべてが彼女に向いていた。 手に入れたい・・・ そう切望する心に友雅は忠実に従った。 初めての本気の恋愛。
・・・そして手に入れた すべてが終わった後、彼女は友雅の元に残ると言ってくれた。 『龍神の神子』ではなく、唯一人の元宮あかねとして。 抱きしめたあかねの柔らかい感触に信じられないほどの幸せを感じたのを友雅は忘れられない。
そして今、あかねは友雅の側にいる。 友雅の最愛の妻として。
ここ数日間、急の仕事が入って家に帰れなかった友雅は初めてこの京で冬を迎えるあかねが心配でならなかった。 凍えて風邪でもひいていないか、寒さに震えていまいか
・・・この寒さに参って望郷の念にかられてはいないか・・・
それがひどく友雅には恐かった。 元々あかねは自分の世界に帰る存在だった。 だからほんの小さな事でも彼女が不満に思って、いつしかそれが積もって自分の手をすり抜けていってしまったら・・・
友雅は軽く頭をふってその考えを振り払った。 (やれやれ、私も臆病になったものだ。) 心の中で自分を笑うものの、足が早まるのは止められない。
「あかね?帰ったよ。」 屋敷の最深部、整えられた庭に面した主夫婦の寝室を覗きこんだ友雅は一瞬息が詰まった。 いつもなら友雅が遅くなってもそこでちょこんと待っているはずのあかねの姿がないのだ。 どくっと友雅の心臓が不吉な想いに鳴る。 きびすを返した友雅の視界の端にふと何かが掠めた。 「?」 確かめるために友雅は振り返る。
それはあかねだった。 庭に面した縁側にあかねがぽつんと座っていた。 最悪の結果を考えていた友雅はほっと息を吐いた。 夜着ではなく神子だった頃に着ていた着物を着たあかねは部屋に背を向けて、空を見上げていた。
その姿に友雅は激しい焦燥感を覚える。 まるで月に焦がれる昔語りの姫君のようで・・・ なかば走るように部屋を突っ切り、友雅は華奢なあかねの背中を抱きしめた。 「ひゃっ?!」 少しばかり間の抜けた驚きの声を上げた肩越しにあかねは振り向いた。 「と、友雅さん!帰ってきてたんですか?」 驚きに嬉しさを混ぜたいつものあかねの瞳にさっき感じた恐怖がゆっくり薄らいでいくのを感じながら、友雅は言った。 「・・・何を見ていたんだい・・・?」 我ながら少し情けないな、と思うような自信なさげな声にあかねは視線を空に戻して言った。
「雪が降ってくるの待ってたんです。」 「雪?確かに降りそうだが・・・」 抱きしめた体が冷たい。 いったいどれほどここにいたのだろう。 「なんで部屋の中で待っていなかったんだい?別にそれでもかまわないだろう?」 優しく諫める言葉にあかねはちょっとしゅんとして上目遣いに友雅を見つめてくる。 「それじゃだめなの・・・最初に降ってくる雪が欲しかったから・・・」 「最初に降ってくる雪?」 あかねが何を言いたいのかわからずに首を傾げる友雅に得意げにあかねは話し始めた。
「あのね、私が小さい頃にお母さんに話してもらったお話にあったんです。 天から最初に降ってくる雪は不思議な力をもっていて、その最初の一つを拾った者の願いを叶えてくれるんだって。 私、そのお話がすごく好きで雪の降りそうな日はずっと最初の一つ目を拾おうって何度も試したんです。 でも今まで一度も拾えなくって・・・ だから今日も思わず待っちゃったの。」 心配かけてごめんなさい、と目で言っているあかねがひどく愛らしく見えてその冷たくなった額に唇を寄せて友雅は笑った。 「我が姫君は思ったよりも欲張りなのだね。 私には君が側にいてくれる今、願いなどないというのに。」 甘い口付けと言葉に慣れていないあかねは顔を赤くする。 「ところで最初の一つ目の雪を拾ってなんの願いを叶えてもらおうと思ったんだい?」 「え?・・・えーっとそれは、あの・・その・・・」 急に顔を真っ赤にしてわたわたと友雅の腕から逃げ出そうとするあかね。 もちろんあかねをあっさり逃がしてくれるような友雅ではない。 むしろ前よりしっかり抱きしめられてしまう。 「私には言えないような事なのかい?」 耳元で切ない声で促されて、あかねはう〜〜っと唸った後、小さな小さな声で言った。
「・・・ずっと友雅さんの側にいられますようにって・・・」
「あかね・・・」 すっかり照れて友雅の腕に顔をうめようとするあかねを阻止して友雅はその唇に己のそれを重ねた。 不思議と暖かい唇を離した後、友雅はあかねの背中を抱きしめる形に態勢をなおした。 「友雅さん?」 何をする気なのかわからず不思議そうに聞いてくるあかねの耳元で友雅は囁いた。 「そういう願いなら私もあるからね。 だから一緒に待とう。 こうしていれば寒くはないだろう?」 肩越しにあかねが嬉しそうに笑って頷いた。
音のない静かな夜 あかねは雪を待ち、空を見つめる。 彼女を包む友雅は一瞬も目を離すことなくあかねを見つめる。 冷たい冬の空気のなか解け合う体温に共にある事を実感する。 感じているのはお互いだけ。 そんな、静かな冬の夜・・・
〜 終 〜
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― あとがき ―
『月詠の宴』の月ちゃんのイラストに煩悩を刺激されるがままに書いたんですが、ごめんなさ〜い、今回もへたれてしまいました(^^;)
『最初の一つ目の雪』っていうのは東条が子供の頃読んだ『テンサラバサラ』という絵本に由来するものです。
月ちゃんのイラストであかねが(友雅さんはあかねを見つめているように見えたんです)見つめているのはなんだろうな〜?と考えたわけですよ。
んで、結論が『月か雪だな』だったんです(イメージ貧困?)
それで雪を選んでこうなりました(^^;)